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ネコ日和

日々の日記とか、ホームページの更新とか、創作物(書き物やイラストなど)のコメントとかを書き綴っていきます。 最近はパソコン関連の事もメモ代わりに書いております。こういう情報にメッチャ助けられてるので、今度は自分の番かと思っております。 以前はイラストもチマチマ上げておりましたが放置気味、ちまちまとモデリングなるものをやってまっ・・・(放置気味)。 フリーソフトでどこまでできるかチャレンジしてます(ソフトの作成者様やプラグインの作成者様には感謝です)。

ベラドンナ

深夜に消えてしまった短編を今一度、書いてみようと思います。

折角イラストもできたんだし、ってことで。

***

親愛なる地上の皆様へ。
あなた達の勇者は、人間として死にました。
だから手向けましょう。

赤い花弁が空から降ると、白い鳥が羽ばたいた。
大きな恐怖から解放された人々は、そんな恐怖があったことを忘れていた。

**

黄金色に光る空は次第に赤く染まっていく。
土にまみれ、蝶を追いかけていた子供が足を止めて耳を澄ませる。
母の呼ぶ声がした。
大きく手を振ると、母の影が手を振りかえした。
夕日を背に、転がるようにして母に抱きついた。

重たくなった我が子を抱きしめ、その温かさに安堵する。
今年で十になる重さ、もう自分の力では昔のように抱き上げてはやれない。
夫の方なら、軽々と自分ごと抱き上げてしまえるだろう。
走れなくとも、その腕に確かな力があった。
古い話ではない。しかし、子供が出来て大きくなるには十分な時間だった。

子供が母から顔を離し、指差した。
沈む日が照らすその女に息を飲んだ。
髪に大きな花を挿して、そこに立っていた。
ただそこにいるだけなのに、吸い寄せられるような顔をしている。
悲しいのか、悔しいのか、怒っているのか、それとも何も考えられないのか冷えた表情をしていた。結んだ口元からは何の感情もうかがえない。ただ、目だけが泉のような静けさと不安を母親に伝えていた。

子供が小さく手を振った。
それに女は手を振った。
その時になって、やっと時間が動き出したかのような気がした。
女が破顔した途端に言い知れぬ不安が消えた。

「彼が愛していたもの」
泣きそうな顔で笑っていた。

***

「俺はラッキーだ」
彼は笑った。
彼は笑ったのに、私は泣いてしまった。
太くてゴツゴツになってしまった指で私の涙をすくった。
「俺は世界一ラッキーだ、こんなに綺麗なベラドンナが傍にいるんだから」
彼の頬に涙が落ちた。

彼が私を大地から連れ出した日、怒ってるわけでも嬉しい訳でもないくせに、溜息を吐いた。
私の根を土ごと袋に詰めて、私を揺らして歩く。
あんまり揺れるから、私は必死にしがみついていた。
頬を膨らせて見上げても顔はあんまり見えなかった、代わりに空と雲がよく見えた。
もっと見たくなって、一生懸命引っ張ったら、彼は私を肩に乗せた。
彼の肩はあんまり揺れないし、空も、彼の顔も良く見えた。
今では見えない光景が、あの時はいつも目の前にあった。

私は歌が歌いたかった。
彼は私が私の歌を歌うと耳を塞ぐけれど、鳥や風の歌を歌うと喜んでくれた。
「お前の声は綺麗だ。歌も他のどんな歌姫だって泣いてしまう。でも、ベラドンナがベラドンナの歌を歌うと俺は耳を塞がなきゃいけない」
自分の歌なのに、自分で歌えない。
私は不満だったけど、彼が私の歌声で喜んでくれるなら我慢してもいいと思った。
だから私はずっと私の歌を歌わなかった。

彼の肩に乗って同じ時間を過ごした。
時には彼が舞うから、私は落ちてしまう。踏みつけられそうになったときもあった。
それでも彼は最後に私を拾い上げると肩へ乗せた。
「ベラドンナ、大きくなってきたな」
抱き上げるときに両手を使うようになってから、彼は溜息交じりに言うのだ。
私は彼が勇者という仕事をする度に大きくなっていった。
彼が剣を振るえば、その血は私の血肉になる。
私の成長は彼が仕事をしたからなのに、私はすねてしまう。

横に居たいと思ったから、私は彼の真似をして歩いた。
転びそうな私の隣を、彼は早足で歩く。
私が遅いと、彼は私を抱きかかえた。

「ベラドンナ、お前なら連れて行けるかな」
彼が私を大地から連れ出した日、その日と同じ言葉を聞いた。
私はもう肩によじ登らなくても彼の顔がよく見えた。
一人が不安になると、彼はよく目を伏せた。
どこへ行っても、彼は一人。
彼と同じ人間が沢山いる町でも、勇者は一人きりだった。
人間は彼に仕事を沢山言う。両手を広げて呼ぶけれど、仕事が済んだら、もっと仕事をお願いする。
難しい、彼ができない仕事を言う。
彼は断らない。
だから、彼は冷たい扉の前に立っている。

月と太陽が消える日に開く扉をこじ開けたからなのか、私が懐かしいと感じる風なのか、この風景が彼に溶け込んでしまったからなのか。
扉を抜けた彼の姿は次第に変わっていった。
体は傷が分からないほどゴツゴツになっていった、髪も固くなり折れた、皮膚はひび割れて額に固い角を模した。
「はは、角か。さっきの奴みたいだ」
変わらない瞳で私を振り返る。
声も低く、しわがれていた。

彼は歩く、私は暗くて見えない空の歌や鳥の歌を口ずさむ。
「お前が一緒なら寂しくないな」
彼は肩を揺らして笑った。

彼は、彼のような姿の者を切り捨てていった。
人間は自分たちと姿形の違う、自分たちを襲う者たちを怖がった。
彼はそれを一身に受け止めた。
「死んだらコッチに来るんだから、こっちで死んだらワザワザ来なくていいから楽かもな」
食べる物は味のしない神からの贈り物。私も食べてみたけど、美味しくない。
彼が大好きな食べ物は早くに腐っていた。
私が私の歌を歌ってもないのに。

扉の向こうで私は一段と成長していた。
彼がそこの住人が見えなくなるまで仕事をしたから。
暫く歩いても誰にも会わなくなった時、彼は踵を返した。

「はは、確かに化け物だ」
月と太陽が消える日に開く扉、月も太陽も見えないこちらからは何時なのか分かりもしなかった。
再びこじ開けた扉の向こうは、清々しいほど変わっていなかった。
変わっていたのは彼と私の姿だった。

両手を広げて彼を呼んだ人間たちは、彼の姿を見るなり刃を向けた。
彼が昔教えた剣術で彼を傷つけた。
私が泣いて叫んでも、誰も分かってはくれない。
どこへ行っても、大きくなった子供は分かってはくれない。
大きかった大人は忘れてしまった。

顔を洗った彼は、泣きながら笑っていた。
体以上に胸が痛いのだと、彼は言う。
人間に会う度に傷を増やす彼を連れて、体の汚れを落とそうと綺麗な水を探した。
流れる水はあんまりにも綺麗で、私は怖かった。
でも、必死に彼を支える。なのに、彼は動けなくなった。
動けなくなった彼を膝に抱え、私は泣いてしまった。

**

「ベラドンナ、人間を恨むなよ。恨みは悲しい」
彼は笑って目を閉じた。
「俺はラッキーだ。最後までお前が居る」
どんなに揺らしたって、もう開くことは無い。
私は重たい彼を引きずって綺麗な水へ浸した。
彼の汚れが流れてゆく、下流の魚は浮かんで流され水を濁した。

綺麗な水は、彼を元に戻してくれた。
彼を水から引き揚げて、彼が大好きだった木の友人へと運んだ。
木の友人は無口だったけれど、静かに彼を根に受け入れてくれた。

私は、彼が寂しくしてしまった扉の向こう側で、独りで寂しくないように心を決めていた。
人間がそうするように、私は彼に手向けよう。
彼が愛した全てを。
彼が一身に背負った愛を、彼の為に手向けよう。

**

今度は私だけ、誰も連れて行ってはくれないから自分の足で来た。
扉をこじ開ける力は私に無い。
だから、月と太陽が消える日を待った。
それまで彼が愛した全てを探して回った。
一人では大変だから、根を伸ばして花を裂かせて、探して回った。

彼に手向けるモノを探して回った。

どんな時間の名人も私を追い返さなかったし、彼を連れ戻してもくれない。
どんな踊り子も私を賛美したし、彼に踊り続けてくれない。
どんな王様も私を拒絶したし、彼を思い出してくれない。
どんな人間も私を人間だと思ったし、彼を化け物だと罵った。

それでも彼は愛していた。
だから私は恨まない。
だから私は彼が愛したモノを全て手向ける。
だから彼が苦手だといった、鉄の場所だけは手向けない。

**

勇者と呼ばれた男が消えて十年が経った。
何処かで隠れているんだと、隠者が呟いた。
扉の向こうで息絶えたのだと、詩人は語った。
そんな者はいなかったと、僧侶は宣言した。

いつまで続くかしれない平穏が日常になっていた日、赤い花弁が空から舞い降りた。
それに白い鳥が続く。
鳥は歌った、勇者が死んだのだと。

何も知らぬ子供たちは花弁を捕まえては喜んだ。
鳥の歌を吉兆と捉えた王妃は揺り籠を準備させた。
次の勇者は我が子だと新しい部屋には盾を飾った。
それが延々と続くまでは。

空は花弁で見えなくなり、海は赤く染まった。
大地は根で覆われ、大気には甘く匂った。

人間の使う刃も、火も、扉の向こう側を十年間耐え抜いた花には敵わなかった。
日々追い詰められていく人間たちは必死に考えた。
どうやればこの植物を枯らせるのか、どうやれば自分たちの土地を取り戻せるのか。
そうして、ただ一つ根の入らぬ土地を見つけた。
機械と工学が発達した、全てが効率化した国。
人の心も金属のように冷たい、そう呼ばれていた国だけは花も届かないようだった。
居場所を求めた人々を最初は法外な金銭で受け入れてきたが、その数があまりにも多くなり、門を閉ざした。
花も届かぬほど強固だと自ら謳った扉は、人間たちをも退けた。
同時に、それは外界との接触を一切断ち切った。

息もできぬほど、花が舞踊る世界で真昼の太陽が次第に光を欠いていった。

**

確かに、ただでさえ荒れた世界を物静かにしたのは俺だが、これはあんまりにも寂しいんじゃないか?
自問自答してはみたものの、溜息しか出ない。
こんな時、ベラドンナならなんて言うだろう。
「じゃあ、島の歌を歌ってあげる」
なんて、自分で好き勝手に歌ってくれるだろう。自分の気が済むまでずっと。
正直なところ、耳元で歌われるから五月蠅い時の方が多かった。
今はその五月蠅いっていうのが懐かしい。

独りだと思ってはいたが、ベラドンナを引っこ抜いてから一人で歩かなくて良かった分が重たかった。
因果な商売、誰も憧れるけど誰もやりたがらない。それが勇者と言うものだと、前任者の姉は言っていた。
結局、姉は倒すべき相手と逃避行した。今頃は別の大陸だか次元だかで元気にしているだろうか。誰もやりたがらないし、誰かが拾わなきゃいけない。
仕方なく拾ってはみたものの、終りが見えない。
勇者ってやつがなんで明るい色を着るのかよくわかった。暗い色をしたら気づいた時に真っ黒に染まっちまうからだ。

「こっから先にはなーにも無いのを知ってるのに、俺は歩かなきゃいけないのか?」

なるほど、地獄か。
つまらない事を考えながら、立ちあがった。
同時に、自分の体が軽いのを感じる。今更ながら手の平を見てみると、自分の手の平だった。
「おぉっ! 戻ってるじゃないか、見てみろ」
続きが出そうになった途端に寂しくなった。
そうだ、今は五月蠅い毒草(独奏)はいない。呼びかけても応えるはずがない。
ベラドンナは人間じゃない、ちゃんと養分があればどこででも生きていける。
俺の傍にずっと居れたぐらいだ、人間に倒されるようなことはないだろう。
きっとどこかで花を咲かせることができる。
「そうだ、見てみろ。地獄だって住んじまえば天国だろ」
空も見えない天に向かって手を伸ばしてみた。

目頭が熱くなり、自然と零れた涙が顎から滴り落ちた。
滴が大地を濡らした途端、落雷のような音が走り抜けた。
「まさか、門が開いただと」
それは豪雨のように、塞いだ耳にも降り注いだ。
まるで波のように人間や動物たちがどこからともなく駆けてくる。
木々が荒れた土地を突き破って顔を出し、枝を伸ばす。
さっきまで地平線が見えた世界が鮮やかに彩られ始めた。

「何があったんだ」
混乱する中、目に飛び込んできた人の波。
押されるようにして走ってくる集団から逃げてしまおうか、悩んでいる間に見つけてしまった。
遅れる先頭に、転がるように駆けるその見慣れた姿。
今にも転んでしまいそうな走り方、体を開いた。
遂に躓き、転びそうなその体を抱き上げた。

「俺はなんてラッキーなんだ」
肩に顔を埋めていたベラドンナが大きな目で俺を見る。
「っきぃな。きれぃな、綺麗な」
大粒の涙が服を濡らしていく。
「綺麗な私が隣に居るから、最高にラッキーでしょ!」
一際大きくしゃくりあげて、ベラドンナは強く抱きついた。
綺麗な顔をクシャクシャにして、ベラドンナは声を上げて泣いた。
大きく成長したのに、肩に乗ってた時みたいに泣いている。
「はは、本当に。最高にラッキーだ」

**

彼が愛した全てを、彼の為に手向けた。
彼が一番愛した私が、何もかもを連れて行く。
「はは、こりゃ凄いな。いっそ皆でここに住むか、そうすりゃココは天国だ」


海は赤く染まり、大地は飢え、空が沈んだこの大陸を人々は死の大地と呼んだ。

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